本気でオープンソースのプロジェクトに関わろう
ゴールデンウィークなのに特にやる事がない tmorimoto です。時間があるので、ブログを読んだり、プログラムを書いたり、読書をしています。先日、Cafe La Boheme Ebisu (カフェ ラ・ボエム 恵比寿) というお気に入りのカフェを発見しました。暇なときは MacBook を担いで、ここで過ごそうかなと思います(^ ^;;
ちょうど大学時代に書いた論文を読み返して、当時の事を思い出していました。
学術論文は、技術文書とは違い、内容の良し悪しに加えて、それが論文としての体をなしているかが重要です。論文としての体とは何かと言うと、日本だと「タイトル : 概要 -> 序論 -> 本論 -> 結論 -> 参考文献」のような展開が一般的だと思います。この体を逸脱していると、どれだけ内容が優れていても学術論文として採用されることは少ないと思います。テクニック的な事を言うと、この中で一番最後に書くのは序論です。序論を書くのが一番難しいのです。
閑話休題。学術論文は難しいので、ブログを参考文献にして、論文調なブログを書いてみます。あえて言い切りにしているのは、論文調である所以です。私自身が、以下の論旨を全て絶対的に正しいと言及しているというわけではありません。その辺は空気を読んでください(^ ^;;
概要:
世界的にオープンソースのプロジェクトが隆盛しています。しかし、一方では、オープンソースを活用してビジネスで成功を収めたモデルケースとなるような企業は、オープンソースのプロジェクトの隆盛と比較して、まだまだ一般的ではないようです。本稿では、その要因とオープンソースのプロジェクトで成功を収めるための「本気」とは何かを追究します。
序論:
2年前の採用面接での質疑応答です。私は、とにかくオープンソースのプロジェクトに関わるお仕事をしようと考えていました。当時 CTO であった吉岡から「転職しなくても、今の会社でコミュニティ活動を始めてみてはどうか?」と質問を受けました。私は「現在の業務が多忙なため、そんな余裕はない。」と回答しました。この回答は、今となって、半分正解で、半分誤っていました。当時の私は、その時のプロジェクトを成功させることにのみ意識が向いていて、本気でオープンソースのプロジェクトに関わる意志はありませんでした。
本論:
梅田氏は著作「シリコンバレーから将棋を観る」の翻訳について「何語に翻訳しても自由」と宣言され、発売後、1週間で英語・仏語翻訳プロジェクトがスタートしました。梅田氏は、翻訳プロジェクトをオープンソース的なプロジェクトの実験と位置付け、さらに「オープンソース的協力の成立要件」として、以下を提起しています。
* プロジェクトの中核に、尋常でない情熱が宿っていること。
* そのプロジェクト自身に大きな意義がありそうに思えること。
* プロジェクト・リーダーの私的な利益に供しないこと。
* オープンソース的協力がなければプロジェクト自体が成立しないだろうこと。
* プロジェクトに参加するために必要なスキルがわかりやすいこと。
ここで「尋常ではない情熱」を、私は、プロジェクトの構成メンバーの本気と言い換えます。また「リーダーの私的な利益に供しないこと」というのは、利潤を追求する営利企業の本質的な活動原理に相反する要項とも言えます。言い換えると、構成メンバーが行った貢献に対して、特定の誰かのみが利益を得るようなモデルは、オープンソースのプロジェクトの動機にならないということです。
オープンソースで儲けられればそれで良いと考えている経営者では、オープンソースのプロジェクトは成功しにくくなります。オープンソースのプロジェクトが持つ面白さ、イノベーション、モデルを理解しない(できない)経営者も同様だと私は考えます。オープンソースな企業が成功しない一要因として、経営者がオープンソースのプロジェクトを理解し、普及させる意義について、本気で理解していないのではないかと私は捉えています。さらに、オープンソースのプロジェクトに参加したことがない経営者だと、その意義を実感するのは難しいです。
仏訳プロジェクトをスタートさせた山田氏は、過去にフランスの大学へ留学し5年間、現地滞在されました。仏訳プロジェクトを立ち上げた動機として、
私の留学時代に多大なサポートを与えてくれた
フランス人に対する僅かな恩返しになれば、と考えております。
ネットを通じた知的共同作業について、
何か刺激的な体験ができればと考えております。
を挙げています。この動機の源泉として、人間の、幸せの本質として、他者への貢献や、他者とのコミュニケーションがあるのではないかと私は考えます。言い換えれば、それが本気の源泉とも取れます。
私は、しばしば ZABBIX のフォーラム でやり取りしています。当初の目的は、upstream の動向を把握するためでしたが、最近は、トラブルシューティングにも積極的にコメントしています。何かしら自身のコメントが誰かの役に立てば、嬉しいものです。
では、本気になると、どんな事ができるのかを別の観点から捉えてみます。
渡辺千賀氏の、
1)日本はもう立ち直れないと思う。
2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。
との問題提起と提案に対して Madeleine Sophie 氏は、
明治維新では西郷隆盛、坂本龍馬のような優秀な人材が大量に出現しました。
戦後の舵取りを誤らなかった吉田茂や池田勇人などの優秀な人材が出ています。
日本では危機になると優秀な人材が出てくるように見えるほどです。
と、危機感が優秀な人材への指揮権の移譲を促し、日本が復活すると述べています。日本の栄枯盛衰は置いておいて、「危機感を本気で認識すれば」と言い換えます。本気になれば、日本を救うことも可能です。少なくとも、海外で働くというのは、想像以上に大変だと、私は中国に約3ヶ月間、滞在しただけで実感しています。日本だと実感できない海外での価値観や文化を実感するのは良いことです。しかし、渡辺氏の「真剣に」と言う言葉を見落とさない注意が必要です。
本題へ戻ります。オープンソースのプロジェクトの主役はプログラマです。プログラマが、プログラムによって世界を席巻する。その具体例が Linux であり、GNU プロジェクトであると言えます。
しかしながら、JavaBlack 氏は
日本に住んでいる限りはプログラマーじゃ飯は食えない
と日本のプログラマを取り巻く環境について憂いています。この見解に対して、おごちゃん氏は、
要は勇気がないんでしょ
と述べています。ここでも「勇気」を本気と言い換えることができます。ひがやすお氏は、
少なくても俺は、プログラマで飯が食えてるし、ワインも飲んでる。
とひが氏の実体験を述べています。 昨今、SIer において内製回帰を尊ぶ雰囲気があります。定性的な体験談でしかありませんが、私の前職においても、ある時「今後はなるべく内製しましょう」という開発事業部長からの号令がありました。その際、年配の技術者は「10年前はなるべく協力会社へ丸投げしましょうと指示されてやってきたのに、、、」と、反発しました。容易に想像できますが、この10年間、プログラムを書いてこなかった技術者が、再度、プログラムを書き始めるのは、非常に高い敷居があります。社会人になったばかりの新人さんは「読み・書き・そろばん」を基本として習う人も多いでしょう。技術者にとって、この「書き」は、メールやドキュメントだけではなく、プログラムも含めるべきです。
結論:
本稿では、オープンソースのプロジェクトにおける成功のための「本気」とは何かについて追究しました。また、プロジェクトにおける主役はプログラマであることから、プログラマを取り巻く環境についても参考文献から少しだけ補足しました。私自身、プログラマとして、今後も生計を立てていきます。そのために何をすべきかと考えた場合、本気でプログラムを書き続けることだと考えています。
参考文献:
梅田望夫:オープンソース的協力が成立する要件についての実験と考察
山田義久:梅田望夫著『シリコンバレーから将棋を観る』 フランス語訳プロジェクト
渡辺千賀:海外で勉強して働こう
Madeleine Sophie:日本はもうダメだ論と日本の優秀な人材
JavaBlack:「基盤系プログラマの実践的教育」ではなく,単にプログラマを育てる方法じゃないかな
おごちゃん:日本ではプログラミングは産業として成立していない?
ひがやすを:gdgd言ってないでコード書けよハゲ




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