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プロフィール

児玉 崇 - こだま たかし

代表取締役社長 最高経営責任者
(兼 Asianux Corporation 取締役副社長)

会社に入り、最初のOSは、SunOS3.5+SunView。UUCPでE-MAILを接続してました。ちなみに、Sunから、Nifty-Serveもしてましたね。(懐かしい)
当時オープンソースという言葉はありませんでしたが、ソースが公開されて、自由に使えるソフトウェアは、UNIXではたくさんあり、それが普通でした。

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WindowsXPのMBRの復旧

これまで私のノートPC(Let's Notes)には、WindowsXPとAsianuxのデュアルブートで利用していたのですが、そろそろ仮想化を勉強するかということで、Windowsベースに仮想化ソフトを入れるために、一度、Asianuxをリムーブして、ディスクを再パーティションすることにしました。

デュアルブートなので、ブートローダは、grubがインストールされていたのですが、もちろんAsianuxを削除したために、Windowsもブートできなくなってしまいました。仕方がないので、再度、Asianuxをインストールし直して、とりあえずWindowsXPを起動できるようにしました。

P1000088 で、再度、ブートの基本をおさらいしました。昔、私が、LinuxとWindowsの共存関係を勉強した本は、「WindowsとLinuxを共存させる」という本で1998年発行のものです。当時としては、LinuxとWindowsを共存させるというかなりマニアックはことを書いてある本は少なかったですね。(99年ごろですね)この本に出てくるのもSlackwareやTurboLinux2.0です。ただ、この本は売れなかったのか、その後改版はされていないようで、アマゾンでも中古価格:1円で売られています。

で、さてさてgrubではなくて、WindowsXPのローダをMBRに書こうと思いました。Win95の頃までの知識しかないので、FDISKでやるのか?などと思って、インターネットを調べたら、なにやら「回復コンソール」をまずは、インストールしてから、fixmbrを実行するとのこと。

ここを参考にさせていただきました。

ただ、私が使っていLet'sノート君は、WinXPのCDが添付されていません。バックアップDVDだけが付いています。そのため、Panasonicのサイトを参照して、まずは、SP2のCDイメージをダウンロードしました。

その後、Panasonicのサイトにある手順でSP2をマージしたりして、なんとか回復コンソールをインストールして、やっと、「fixmbr」を実行できるようになりました。

P1000085 しかし、このコマンドをひとつ打つだけに、こんなに手順が必要なんて、やっぱりWindowsは、嫌いです。。。。というか、コマンドラインがベースじゃないから仕方ないのか。。。。

やっと、これで、、、、仮想化のインストールにいける。。。

KOZMO(その1)

皆さんは、ネットバブルの時代にNYにKozmoという企業があったのをご存じだろうか?
私は、全然しならかった。前回までのBLOG同様にGyaoのドキュメンタリー番組として放送されていた。(でも9月4日まででしたので、現在は放送していません)
コンテンツの配給元では、e-dreamというタイトルになっている。

Kozmoは、韓国系アメリカ人の二人であるJoseph ParkとYang Kangの二人が創設した1時間でネット購入した商品を届けるというサービスを提供する会社だった。

ゴールドマンサックスに勤務していた、Parkがアマゾンで本を買った際に本の配達に2,3日購入することがわかり、仕方なく近所の本屋で本を購入する際に思いついたそうである。
かくして、98年3月にKozmoは設立され、99年10月には、2800万ドル(約28億円)の増資をし、99年11月には、倉庫が完成して、ビジネスは、拡大していく。当初は、1時間でビデオを配送するというサービスになっている。

会社が急激に大きくなり、99年12月には、給与システムの障害でメッセンジャー(自転車で商品を配送していた)に給料が期日に支払えず、メッセンジャーはかなり苛立っていた。ここで、特筆すべきは、ほとんどのメッセンジャーがアフリカ系アメリカ人であることである。ある意味、この手のベンチャー企業は、ITシステムだけの会社ではなかったために、雇用も生み出していた。(最盛期には、このKozmoは、1200名以上の会社になっている)

99年12月23日に1億2000万ドル(約120億円)の増資が決定しいている。
このころの、ParkとKangの二人のインタビューコメントは、対称的である。
CEOであるParkが、PCとネットワークがあれば、世界征服が出来ると言っているのと対象に、
"I don't really care where I work. All I need is a laptop with an Internet
connection and my cell phone and I'm ready to conquer the world."

片腕であったKangは、いつ投資家がインターネットに興味を示さないようになるかわからない。
"From what we've heard from our analysts, this [Kozmo] should be a huge
IPO. But, you never know. Investors are fickle. One day, they'll be like, 'No more Internet!"
と言っているのはかなり印象的である。実際にkozmoは、投資家から見放され、上場できないんですが、それを予見していたKangは、さすがと思いました。
ParkとKangのコンビは、ある意味名コンビで、Parkはいけいけどんどん、それを諫めるKangという構図がよくある成功する会社の典型なわけですが、今回は上手く行かなかったですね。投資家は、とても移り気なわけです。

00年2月14日 スターバックスの株主総会で、Kozmoが5年間で1億5000万ドルを提供しスターバックスとマーケティング契約をし、スターバックスにビデオの返却BOXを置くことで、合意したと発表されている。

この時のTVニュースでは、オンラインとオフラインが手を結んだ大きな提携であり、スターバックスのネット戦略とまで呼ばれている。
特にCEOであるParkは、派手に宣伝活動もやっており、CNNにスターバックスの社長とともに出演したり、オンライン記事にも数々登場している。
当時28歳という若さであったが、ホリエモンのごとに強気な姿勢で、資金を調達しビジネスを拡大している。(ゴールドマンサックス出身であるが、ホリエモンの様に金融ビジネスには、手は出さず、Kozmoのビジネスだけに集中していた点はことなりますが)

(続く)

シリコンバレーの百年

一昨日に続いて、昨日は、シリコンバレーの百年を見ました。
感想としては、なぜシリコンバレーの風土ができ、そこからオープンソースやフリーソフトウェアが生まれたのかがよく理解できました。

この番組の中では、20世紀の最後の25年(1975年~2000年)に起きたことは、技術ルネッサンス時代にあたるというとらえ方をしています。また、歴史の中では、農業革命、産業革命に続き、電子革命として、歴史にその名を残すことになるだろうとも予測しています。

現在のシリコンバレーの中心地であるサンタクララは、1950年代半ばまでは、果樹園が広がる農地だったそうです。確かにあのあたりは、気候よく果物を育てるには、良い土地だと思います。プルーンがその中でも有名だったそうです。

今のシリコンバレーが出来る重要なキーワードは、スタンフォード大学になります。この大学は、リーランド・スタンフォード氏が、その息子リーランド・スタンフォード・Jrの死を悼み、1891年に建設されたものです。確かにスタンフォード大学の中央口の近くにある碑には、そのようなことが書かれているのを以前、スタンフォード大学に行ったときにみました。そのため、大学の正式名称は、Leland Stanford Junior Universityとなっています。

スタンフォード大学の哲学は、その初代総長であるジョーダン氏の影響が大きいと感じました。総長は、「アイディアがあれば、それを研究して、世に送り出すべきた」と考えていたようで、大学から起業して、企業を興すというのを奨励していたようです。これをインキュベーション(孵化)と呼んでいたようで、昨今は、日本でもよく使われるようになりましたが、もう100年前から、このシリコンバレーでは、そういうことが言われていたのですね。

1930年頃から、電子企業がパルアルト(スタンフォード大学の近くです)に出来てきて、さらにスタンフォード大学は企業との結びつきや誘致を斡旋するために、大学に隣接する土地を賃貸したようです。大学側は、土地を売却して、お金を得て、有名な教授を雇用したかったようですが、スタンフォード氏との契約に「土地は絶対に売却してはいけない」という項目があったようで、売却せずに、賃貸したらしいです。また、起業する学生には、銀行融資の交渉を支援したり、総長みずから、出資したりとかなりの支援を行っていたようです。

1940年頃から始まる第二次世界大戦にあわせて、電子機器の需要は増え、これらの企業は成長していくことになります。

1950年代になるとハイテク企業がシリコンバレーにどんどん進出してきます。IBMも1952年に研究所を設立し、ここで現在のハードディスクが開発されたとのことです。当初は、60インチのディスクだったそうです。そういや昔のホストのDASDは、大きかったナー。

1957年にインテルの創設者であるゴードン・ムーア氏とその仲間は、フェアチャイルド・セミコンダクター社を創設しています。(ちなみにこの会社は、日本支社もあります)このときには、半導体の権威であったショックレー博士のもとを8名で去り、この会社を興したために、博士からは、裏切り者と呼ばれていたそうです。その後、この会社の親会社であるファエチャイルド社と折り合いが付かず、インテルを創業することになります。

この頃から、研究者は、酒場に集まり、自分が抱える問題や成功した自慢話をしていたそうです。そこで、何人かが集まりある問題が解決すると次の問題というように、本来であれば、研究者の秘密にあたるようなことも話をして、共有し、解決し、新しいものを作って行くという風土があったそうです。

1972年にアタリ社がPONGというゲーム機を開発して、大アタリします。(このあたりは、WiKiPediaになる説明が詳細に書いてあります)1977年にワーナーがアタリ社を買収し、これがいわゆる、「起業して、会社を売却して、巨額の利益を得る」というパターンを作ったようです。それまでは、起業したら、会社と最後まで添い遂げるという考え方だったわけですね。

アップル社のジョブス氏は、アップル社を設立する前に、ブルーボックスなる違法で無料電話がかけられるBOXをウォズニアックと作って売っていたそうです。その後、アップルを創設するわけですね。この頃は、このように起業があいつぐわけですが、この時代の反体制運動というのが、コンピュータの業界にも影響があるようです。ホストコンピュータ(官僚主義) vs パーソナルコンピュータ(個人主義、自由)という構造ですね。また、会社に貢献するのではなくて、社会に貢献する。という考え方も起業のポイントのようです。ジョブスも当時はヒッピーに近い状況なわけで、そういう反骨精神もあっての起業なんでしょうね。

スタンフォード大学の思想、そして、研究者、そして、起業という流れの中で、今のシリコンバレーの風土が培われたことがよくわかります。

「自分の知識や所有物をオープンに与え、情報を共有する」これが、シリコンバレーの精神だそうです。。まさしくオープンソースの考え方ですね。ちなみにこの番組は、1999年制作であるために、まだオープンソースという言葉がまだ広まり始めた頃です。そういう意味では、オープンソースというのは、ある日突然あられたものではなく、シリコンバレーの風土が作り出した必然的な考え方であるのが分かります。

最後には、これから起業を行う人へのメッセージのように、オラクルのラリー・エリソンやSunのスコット・マクネリなどが出てきます。彼らは、起業当時、投資家から投資をうけられず何千ドルという自分たちだけの出資で会社を初めて、今の成功を築いています。一方、投資家に出資をうけた会社は、その社長は、当初から持分比率が低く、上場後も1%しか持分しか無いという状況だそうです。ですので、一概に、投資家からお金を集めて起業するのがよいのかどうも考え物ですね。

また、最後のインタビューで興味深かったのは、各CEOが面接する際に、これまでの最大の失敗について聞くことです。失敗を経験していない人間は、重圧に耐えられないとか失敗をしていない人間は、雇わないとか。日本の場合には、失敗をしている人間は、「雇わない」ケースが多いわけですが、シリコンバレーでは、「雇う」というスタンスなんですね。そういう意味でも「自分なりに努力して、失敗したら仕方がない。」という風土も生まれるのでしょうね。

また、途中のインタビューで、日本とシリコンバレーの違いを答えている部分があるのですが、、「日本は、会社を辞めて起業することができない。なぜなら、、日本にシリコンバレーが無いからである。」というコメントが私にはかなり意味深く響きました。

残念ながら、現在の日本は、ハーバード大学系のMBAの方々が起業して、一儲けしている状況で、若くして起業するということが少しずつ広まってきていますが、その受け皿がなかなか無い。スタンフォード大学を出て、起業したのは、ソフトバンクの孫さんぐらいしか私は知らないわけで。そういう意味では、日本のエンジニアの人たちが、起業できるようなスタンフォード大学的な流れがこれからは、必要かもしれませんね。

REVOLUTION OS(Linuxを生み出した“ハッカー達”のインサイドストーリー)

先のBLOGにも書いたGyaoでやっている番組を見ました。
結論から言うと、これは、Linuxやオープンソースに関係する人は見た方がいいです。
Linuxをよくご存じの方は、おさらいの意味で、あまり知らない人は、その歴史がどういうものであるかがよく理解できます。

元々プログラムは、オープンソースであったものが、1976年のビル・ゲイツからのレターでクローズソース(プロプライティ:専用ソース)に変わっていたことが大きな今日のMSを作っていること、そして、フリーソフトウェア、オープンソースを作り出したことがわかります。
まあ、このレターは、BASICを勝手に使うな、お金を払いなさい。というものです。

これを契機に、リチャード・ストールマンGNUプロジェクトを構想し、フリーソフトウェア財団を設立していきます。OSにもライセンスがあり、研究者が誰でも使えるOSが欲しかったというのが最初の動機です。

ただ、GNUプロジェクトでは、カーネル部分は、後回しにされていて、エディタなどの回りのツール部分をひとつずつUNIXからフリーソフトウェア化していき、1991年ぐらいには、ほぼ回りは完成していたようです。そこにLinuxが現れたということです。現在のLinuxと呼ばれるディストリビューション(MIRACLE LINUXもそのうちの一つ)は、Linuxカーネルとその他GNUプロジェクトなどで開発されたツールを用いており、(リーナスもGNU Cコンパイラがなければ、Linuxは開発できなかったとコメントしています)、ストールマン曰く、「GNU/Linux」と呼ぶべきだ。と主張しています。

これに対して、リーナスは、Red HatやSuSEもGNU/Linuxとは呼んでいないので、GNU/Linuxと呼ぶ必要な無いとコメントしています。また、リーナスは、GPLの哲学には、賛同していますが、GNUプロジェクトには、特にコメントをしていません。

そのため、私の印象としては、リーナスとストールマンの間には、その哲学に若干の開きがあるようにうけました。

また、フリーソフトウェアとオープンソースは、異なるとの意見もストールマンは話をしています。1998年にオープンソース定義(Open Source Definition)が制定されており、これは、1998年当時に「フリーソフトウェア」という定義が、”無償や何をしても良い。著作権が無い”などと取られるために、Linuxに関連する見識者が集まって、「オープンソース」という言葉を決めたようです。このオープンソースというアイディは、Christine Petersonが出したらしいと番組の中でコメントされています。このあたりの経緯は、SourceForge.jpに詳しく出ています。

Linuxがここまで、普及したことの要素には、1)Apacheというキラーアプリケーションが登場し、WindowsNT+IISより、Linux+Apacheで安価で安定性のあるシステムが組めるようになったこと。2)その時代が、まさにインターネットやEコマースの時代と符号したこと。3)そして、Netscapeが、1998年にその製品をオープンソース化したこと。4)これに続き、OracleやSybaseの商用DBがLinux対応したこと。とこの番組の中ではあげられています。

そして、その後インターネットバブルが到来して、1999年に上場を果たした、Red HatやVA Linuxは、上場時にとんでもない株価をつけます。また、VA Linuxのティッカー(証券市場での会社の略称)は、なんと「Linux」である!(VA Linuxは、上場価格より776%upという記録を打ち立てたらしい)

ただ、VA Linuxは、その後、バブルがはじけ、この番組の制作当時の2001年6月には、2.61ドルの株価だったらしい。今日現在も、株価は、4.62ドルです。また、現在の社名は、VA Softwareとなり、「Linux」は無くなっているが、ティッカーは、Linuxのまま。

かたや、Red Hatは、株価25.46ドル であり、1999年の上場当時は、VA Linuxの方が株価が高かったが、その後は皆さんが知っての通りの状況です。

1999年の第二回目のLinux Worldでリーナスが講演する様子も出てきます。ここで、リーナス賞に選ばれたのが、ストールマンで、ストールマンは、ここでもGNU/Linuxを強調しています。第二回目のLinux Worldの主催は、VA Linuxで、VA Linux創設者であるLarry Augustin が軽快に番組ガイドを務めているが印象的でした。

番組の最後で「フリーソフトウェアの歌」というのがバンド演奏されています。(ロック調の歌です)。この歌は、初めて聞いたが、ぜひ次回のOSBBで、松隈さんとかに演奏して、歌って欲しいものです。

LWW SF(イベント会場全体感)

日本に帰ってきました。暑い。とにかく暑い。1分も動けば汗がじっとり出てくるという気候でサンフランシスコの気候に慣れた体には今日一日はきつかったです。

さて、LWE SFのイベントを通じた私なりの感想を書いてみたいと思います。

P1010490 今回のLWE SFを振り返ると展示会場としての目玉は、仮想化と管理ツールかと思います。DELLは、仮想化を全面に押しだブース展開になっており、仮想化(VMWareを用いて)のデモとなっておりました。


P1010491 P1010454 次に気になったのは、管理ツールです。管理ツールもOpenCountry,Levanta, FIVERUNSといった比較的新しい会社が管理ツールが展示をしていました。


P1010489_1  後は、ストレージのボードメーカが比較的大きくブースを構えてきたことでしょうか。Promiseは、時に今回のLinux WorldにてAsianuxのサポートのプレスリリースも出しています。


ただ、私の目からみた時に技術的に目新しいものが無いなということと、日本のようにIPFを用いたサーバが全面に押し出されていないということでしょうか。Linuxとしては、かなり成熟の域にきているのかもしれません。

P1010537 富士通だけが、韓国のTMAX Softと共同でIAサーバであるprimequestを展示していました。TAMXは、韓国では、有名はアプリケーションサーバで、富士通も韓国ではかなりのビジネスを持っています。



P1010488 そういやIngresは、まだやっていたのね。いつもまにやらオープンソースになっていたんですね。Sybaseは、陰もなく。Linux市場におけるDBは、OracleとIBMの2社対オープンソースDBの戦いになっていますね。

オープンソース製品と商用製品の垣根が少しずつ近づきつつあるわけですが、来年のLWE SFの時にはどうなっているでしょうかね。

LWE SF(終幕)

本日でLWE SFが終了しました。現在、現地時間の夜12時半です。

P1010484 我々のブースで提供していた景品の箸は跳ぶように売れていきました。多分、今回のLWE SFで一番人気あったと思います。これだけをもらい来ている人もいるみたいでした。来場者の中には「この箸にLinuxがインストールされているのか?」なんて、ジョークの効いた質問をする人もいました。

今回は、我々のブースでは、Asianuxのパートナー募集AXCC(Asianux Compatible and Certified)のパートナーを増やすのが主目的でしたので、展示者の方々にもこの景品は人気があったようです。違う意味でAsianuxは、知られたかもしれません。
当初は500個用意したこの景品が余るのではと思っていたのですが、2日目が終わった時点で残り100個ぐらいしかなく、最終日の今日は、途中で無くなり終了となりました。
中国から運んでくるのは、大変でしたが、来場者に喜ばれて良かったと思います。

アメリカでの展示会では、アジアンチックはものは喜ばれるんですね。

LWE SFは、今日で終幕しましたが、私のレポートは、あといくつか投稿する予定です。
お楽しみに。

LWE SF(IBM ユーザセッション)

P1010474_1IBM主催のOpen Source Dayのセッションであるユーザセッション(事例紹介パネルディスカッション)に参加してきました。


P1010476 最初にIBMのオープンソースに対する戦略を簡単に説明されていました。が、聞き逃してしまいました。ごめんなさい。この写真から想像して下さい。


P1010475_1パネルディスカッションの 参加者は、写真の左から、主催のIBMからホスト役に、Scott Handyさん、nationwide (保険会社)、St Galler Tagblatt AG(スイスの会社),centric CRM(オープンソースのCRM),Collaborative Learning Network(eラーニング),Telik(製薬会社),Hoplon(ブラジルのゲーム会社)の5社がユーザ事例ということで参加されていました。

このうち、St Galler Tagblatt AGHoplon は、IBMのサイトで事例記事が掲載されています。

ほぼ全ての事例が、DB2とWebSphereを使っています。また、Centric CRMは、オープンソースのCRMであるために、WebSphere CE(Community Edtion)とDB2 Express-Cを使ってフリーの商用製品をベースに開発されていようです。OracleもOracle XE(Express Edition)を出しており、今後、商用製品のフリーバージョンにオープンソースのアプリケーションを構築するという流れも出てくるかもしれません。ただ、日本の場合には、先の記事にも書いたように結局は、サポートの問題が出てくるので、サポートは入らないので安いもの=オープンソース、サポートがいる人は、お金を払って商用製品という形になるので、商用製品のフリーバージョンというのは、開発専用としてしか使われないように思えます。

また、St Galler Tagblantt AGは、SAPを利用しているのですが、DBをOracleからMAXDBに移行したようで、それも2ヶ月でUNIXからLinux(SuSE)へ移行したという凄い事例です。

全体的に聞いていた感じたのは、事例という割には、あまり凄いという印象がなかったことです。まあ、日本でもこのレベルの事例は探せばあると思います。もっとメジャーな企業がメインフレームをやめて、全部Linuxに置き換えたとか、それぐらいだとインパクトあるんですけどね。でも、IBMの場合には、メインフレームでLinuxという選択肢もあるので(実際にHoplonは、ZシリーズのLinuxをオンデマンドで使っているようです)、メインフレーム撤廃というわけにはいかないでしょうけどね。

LWE SF(EnterpriseDB)

P1010472 昨日ご紹介したEnterpriseDBのブースでデモを見てきました。
PsotgressSQLを拡張して、Oracleシステム情報であるData Dictionaryやトリガーもサポートしており、やはりPL/SQLがそのまま使えるそうです。
DBの移行に関しては、エクスプローラ風のGUIツールがあり、ボタンひとつで移行が可能だそうで、デモでは、Oracle XE(Express Edtion,フリーのOracle)を用いて、直接Oracleから移行を実演していました。
日本語のサポートについては、まだテストを行っていないとの話でした。結構テーブル名やプロシジャ名に日本語を使っているシステムが多いので、日本での利用については、このあたりが正常に動作するかどうかというテストがまだまだ必要かなーという感じです。

Linux World Expo San Francisco(開催中)

今日から、LWE SFの展示会が始まり、LWE SFが開催しました。
会場の受付システムは、昨年に引き続きWYSEのシンクライアントコンピュータで登録するようになっています。
P1010424 P1010425 この会社は、日本ではあまり知られていないのですが、私は中国人の友人がこの会社に転職したので、会社としては、よく知っています。去年の端末は、かなり大きくて日本じゃうけないないと思っていたのですが、1年でかなり小さいなっていました。(昔のUSBバブぐらいの大きさです)
1年間でのテクノロジーの進化を感じました。

朝10時から展示会場は、オープンでしたがが、既に10時半の時点でかなりのユーザが参加しており、入り口正面にあるNovellブースには、結構人が入っていました。
(マーケティング費用のかけ方が違うという感じでしょうか)

P1010433 P1010434 P1010435







P1010439 昨日書いたモトローラは、なにやら携帯電話を展示していました。各ブースを詳細に見て回る時間がなかったので、簡単に写真だけを撮ったので、明日以降時間があれば、ブースで質問とかしてみたいと思います。


P1010448

我らがAsianuxのブースは、用意したGiveAwayの夫婦箸が人気のようで、担当の人間いわく、箸だけの欲しさに来る人が結構いるということで、そのタイミングでストラタスサーバの説明とかをしているとのことでした。


P1010445すべてのブースを回り切れていないのですが、個人的に一番興味があったのは、 EnterpriseDBなる会社です。鮫のロゴがかなりインパクトがあるのですが、PostgresSQLを用いて、なんとOracleからのDB移行ができ、とOracle用で作成したアプリケーションがそのまま動作するというふれこみのDB会社です。

P1010440オラクルが比較的地味にブースを構えている横で、鮫のマークが目立つ展示をしていて、Oracleのブースに来た人は、思わず立ち寄るのではと思いました。(OracleDBを食べちゃいぞ。ということで、鮫なのかな????)

この製品については、明日以降でブースで係員に本当にどれぐらいのアプリケーションが本当に動作するのか聞いてみたいと思います。



Linux World Expo San Francisco(まだまだ準備中)

P1010423本日から、LWE SFは開幕ですが、本日は夕方のKick Off Meetingだけで、展示会場も明日の10時からオープンです。

私が宿泊するPickWickホテルにも、LWE SFの案内の看板が出ていました。

 

P1010428既に現地時間の午後5時を回っていますが、まだ、展示会場は準備中のところが多いです。



我々のブースは、日本ストラタス様からお借りしたStratus FTサーバを展示しており、本日マシンが無事届き、その動作確認も終了しました。マシンに「Made in Japan」のシールが貼られていました。
P1010431P1010430





P1010429ブースの装飾については、韓国で作成したポータブルセットを韓国から持ち込み作成しました。
今回のGiveAwayは、中国から持ち込んでAsianux特製の夫婦箸セットです。写真をとってくるのを忘れたので、明日掲載しますね。
限定500個のレアもの商品です。

ということで、マシンは、日本製、装飾は韓国製、GiveAwayは、中国製と、ここでもCJKの協力でなりたっているAsianuxのブースでした。、

各会社のブースの様子については、明日また報告しますね。

Linux World Expo San Francisco(準備中)

てなわけで、展示会場に準備に行ってきました。が、、、、マシンがまだ届いておらず、セットアップ作業は、明日に持ち越しになりました。もともと展示会場は火曜日からのオープンなので明日のセットアップでも間に合うんですけどね。

多分、このBLOGがLinux World Expo SanFranciscoの一番最初に書かれている情報のはずです。記者の方は、まだ会場に入れないので。

P1010415 今年の会場は、モスコーニーセンターの北会場で開催されています。
一階部分が例年同様に受付があり、エスカレータを降りると展示会場があります。エスカレータを降りた部分には、HPとIBMの公告がでかでかとあります。IBMの広告にある肖像画が誰であるかは、私はわかりませんが、誰か分かりますか?
P1010416 会場は、まだまだ準備中です。入り口付近には、右手てHP,左手にNovellが一番良いポジションで一番大きなブースを構える予定です。(まだセットアップ中ですが)

 

P1010419また、Novellは、E-Mail Gardenのスポンサーにもなっており、多分ここには、OpenSuSEがインストールされたデスクトップがセットアップされ、来場者が自由にE-Mailを使えるという場所が用意されると思われます。


P1010421 日本とのスポンサーの違いを見ると、MotorolaとPalmsourceがプラチナスポンサーをしていることだと思います。また、Red Hatは、今回はスポンサーに参加していないようです。
火曜日以降にMotorolaのブースには、立ち寄ってどのような点をオープンソースやLinuxの世界で押し出しているのかお伝えしたいと思います。

P1010420 また、来年は、2007年8月6日~9日の開催だそうです。今年みたいにお盆でなくて良かったです。


それでは、明日は、現在工事中のブースができあがっていることでしょうから、それらをお伝えする予定です。

SQLiteってご存じですか?

珍しく若干オープンソースネタです。
昨日、韓国の携帯電話に関連する方と話をする機会があり、LGやSamSung
の一部の携帯電話には、SQLiteが使われていると聞きました。

私の不勉強で、SQLiteというのは知らなかったので、ググってみると、結構昔からあるみたいですね。
データベースにアクセスするためのGUI
ツールも開発されている方もいらっしゃるようです。

早速インストールして、使ってみましたが、確かに軽い。バイナリサイズも300KBぐらいですね。非常にシンプルにSQLを使ったデータベースが作成でき、利用できるという点では、非常に便利だと思います。また、PHPやC言語からもアクセスできるようになっており、アプリケーションバンドルDBという形もとれるようになっています。
Firefox2は、履歴やブックマークの管理にこのSQLiteを使っているようです。

Windows版もLinux版もあり(まあ、オープンソースですからね)Linuxだけでなく、Windowsの環境でも簡単に利用できるわけですね。ただ、Accessのような素晴らしい(?)GUIインターフェースは、まだ無いようなので、プログラミングをしない(C言語やSQLが難しいと思われる)プログラマー(???)には、利用しにくいかもしれませんが。。。

久しぶりにSQL文をたたきながら、やっぱりプログラムするってある意味、結果が必ずでるから(バグで思うとおり動かないか、思い通り動くか)やりがいありますよね。と思いました。

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