ウィキノミクス
マスコラボレーションはいかに世界を変えたか。
ピアプロダクションでは、財産権という概念が逆転する、なんていう話は俄かには理解しがたい現象ではないか。成果物を他者が勝手に利用しないように制限をかけるのではなく、無償で他人に利用させむしろそれを奨励するというようなことが理解できるだろうか。
インターネットによってコストゼロでマスコラボレーションが仮に可能になったとして、その事例を見せられたとして、自分のビジネスには関係ないどこか別の世界で起きていることではないかと思うのがほとんどなのではないだろうか。
自分のこととして理解してあらたな行動をこの本から起こすと言うのはほとんど考えられない。既にマスコラボレーションのことを十分理解しそこにビジネスチャンスがあると考えている人は、この本があろうがなかろうが行動しているだろうし、そうでない人は、この本があろうがなかろうが何もしないだろう。
オープンソースは既に市民権を得られたといっても過言ではないが、それでもいまだにそれを信頼していない人は少なくはない。
フリーソフトウェアから始まったソフトウェア開発の新しい潮流は、その華々しい成果にも関わらず、多くの人はそのメカニズムに注意を払おうとしていないし、払うつもりもない。
ソフトウェアがどのように作られるかと言うのは多くの人たちにとってどうでもいいことである。それは否定しないが、ソフトウェア企業の中にもそのような無理解な人が数多くいる。
ソフトウェア企業に勤務している人々はソフトウェア企業がオープンソースと言う破壊的イノベーションに侵食されている事実に早く気がついたほうがいいと思う。
自分は関係ないというのは単なる願望で、事実はそうでない。
この潮流は誰にも止められない。
産業経済における知識の独占が急速に崩れつつあるときに企業はどのように行動すべきか。もちろん答はでていないし、完璧な回答というのも見出されていない。
社内に研究開発の組織を持つのではなく社外にそれを求める。そんなことがありうるのか。そんなことを実施できるのか。それによってビジネスを行なえるのか。多くの人は戸惑いいぶかしく思う。
資本主義が高度に発達した結果、地球規模のコラボレーションのインフラを我々は手に入れた。著作権をはじめとする財産権の概念も我々の幸福を追求するために様々な変容を迫られている。
社会的共有資本としてのオープンソースを位置つけたときそれを健全に発展させるにはどのような制度設計が必要なのだろうか。社会としてのコンセンサスをどのように醸造させるべきなのだろうか。
それは、ウィキノミクスという潮流に乗り遅れまいとビジネスパーソンをあおるのではなく、もう少し大所高所から、「カネ儲け」だけではない何物かを、議論すべきではないか。
公的基盤と私企業のバランス。それをどのようにすることが地球規模での幸せにつながるか。
インターネットは誰にも所有されていない。誰でも自由に使える。このアナーキーなメカニズムによって芳醇なコミュニケーションのメディアを我々は手に入れた。
地球規模のマスコラボレーションを当たり前のように空気のような存在として使いこなす人々が間違いなく増えている。
その人々は企業という枠組みをいとも簡単に乗り越える力を持つ。そのような世界ができつつあるのである。
書評 - ウィキノミクス/404 Blog Not Found
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