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プロフィール

吉岡 弘隆 - よしおか ひろたか

日本OSS推進フォーラム ステアリングコミッティ委員
OSDL Board of Directorsを歴任
カーネル読書会主宰

2000年6月、ミラクル・リナックスの創業に参加。
95年~98年、米国OracleにてOracle RDBMSの開発をおこなっていた。
98年にNetscapeのソースコード公開(Mozilla)に衝撃をうけ、オープンソースの世界に飛びこみ、ついには会社も立ち上げてしまう。
2008年6月取締役CTOを退任し一プログラマとなった。

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シリコンバレーの思い出

今から約10年くらいまえにシリコンバレーにいた。米国Oracleのデータベースエンジンの開発部隊にいた。さらにそれを遡ること数年前、米国DECのデータベースの開発部隊、これは東海岸(New Hampshire州Nashua)にあった、で開発していた。

われわれはよく欧米とか言う。欧州の国々の文化と米国の文化を一緒くたに議論したりしがちである。しかし、米国と英国ですら文化的には随分違うし、ドイツ、スペイン、スウェーデンなどなども相当違うのではないかと想像する。

米国ですら、東海岸と西海岸も生活してみて、これが同じ国かというほど違う。東海岸といっぱひとからげに言うのも語弊があるかもしれないが、ニューハンプシャー州の住んでいたところと、西海岸のシリコンバレーでは気候も回りの人々も随分違う。

東海岸の米国DECは典型的な垂直統合型ビジネスモデルで、会社の文化も、西海岸の水平統合型の米国Oracleとは全くことなっていた。前者が破壊的イノベーションで破壊される側で後者が破壊する側であった。

会社での意志決定のスピードも前者と後者では随分違った。前者は慎重、後者はスピード重視というイメージである。これはたまたまそうであったのか、それともシリコンバレーという破壊者の巣窟であったからなのかはよくわからないが、わたしが想像するにやはりシリコンバレーという米国でも例を見ない特異点だからだと思う。

シリコンバレーの青い空と解放感。人々を引きつける何か。

シリコンバレーはIT産業に従事する者なら一度は働きたいというあこがれの地でもある。一方で80年代のボストン郊外にはDEC以外にもDG、Wang、Appolo等々(これらは全て今はない。全て破壊された)様々なハイテクベンチャーが勃興していて、ボストンにはMITやHarvardなど全米屈指の大学があって、こちらもあこがれの地であった。

それでも、やっぱり西海岸と東海岸では雰囲気が随分違った。西海岸はUnixで東海岸はLisp。西海岸はアバウトで実践的で、東海岸はフォーマルで理論的みたいな印象である。

西海岸の空の下でビールを飲みながら友人とよた話をするのが好きだった。

日本の社会と比べて、はるかに組織より個人を尊重している。大企業の看板よりも小さくても何をやっているかを重視するような空気がある。小さい会社でも専門性のある会社が大企業と対等にコラボレーションして、すざましいスピードで新しい価値を創造していく。そんなイメージである。

日本では小さい会社は大企業の下請け、孫請けというピラミッドに組み込まれていて、なかなか対等なコラボレーションというのは難しい。個人は組織に抹殺されている。

オープンソースの場合、その価値観は180度ひっくりかえる。組織ではなく個人。

梅田望夫シリコンバレー精神 -グーグルを生むビジネス風土 (ちくま文庫)のなかで「なぜなら日本社会や日本企業は、ナードの価値を全く理解せず、ナードを大切にしてこなかったし、今も大切にしていないからである」(187ページ)と記している。文庫のための長いあとがきで「日本の旧来型大企業の中ではこの状況に変化はないが、若者たちが主役の日本のネット産業は、ナードを大切にすることの意味に気づき始めている」と若干修正している。(ここでナードというのは、コンピュータプログラムに優れたちょっと変ったやつくらいの意味である)

シリコンバレーがいまだに特異点である事は間違いないだろう。日本の旧来型大企業の姿もおそらくそうであろう。しかし、わたしは東京という地域でナードを大切にする企業というのが多くはないが生れつつあるという実感を持つし、旧来型大企業ですら、その内側には、ナードの価値を理解する人々が増えつつあると思う。

別にすべて変える必要もなければ変わらなければならないということもない。自分の近傍がナードの価値をみとめ、それを搾取せづ、ちゃんとビジネスとして回っていけば、それはそれで幸せである。

シリコンバレーをコピーするために、リスクマネーの導入やら、様々な制度改革をおこなって、日本でも、ベンチャービジネス振興だなんだと行なわれているが、それももちろん大事だと思うが、ハードウェアではなく人なんだよなあ。行動するエンジニアとか、経営者とか、中間管理職とか、そーゆー有象無象の人なんだよなあ。看板で仕事をするのではなく個人として行動する人なんだよなあ。そーゆー人がある程度増えてくれば、東京という街も楽しいことをおこせるよ。そんな事を思うのである。

梅田望夫はそーゆー事はシリコンバレーでしか発生しないと考えているが、わたしは東京でもミラクルは起せると考えている。それが彼がシリコンバレーにいる理由ならば、それがわたしが日本に戻ってきた理由でもある。

オープンソースがそれを可能にした。それに未来を見付けた。だからわたしはここにいるのである。

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時々思うのだが、インテルのマニュアルを意味もなく見ている自分というのは、そーとー [続きを読む]

コメント

「梅田望夫はそーゆー事はシリコンバレーでしか発生しないと考えている」-->必ずしもそうでもないです。本当にそう思っていたら、はてなにも参画しなかったでしょうし、「ウェブ進化論」も書かなかったでしょう。ただ「難しいなあ」とは思っています、正直なところ。日本にもデルタ(変化分)はもちろん存在します。でもそのデルタが、他所における変化分と比べて十分大きいかが、現実的には問われるわけですから。

梅田さん、ご本人の登場ありがとうございます!

「梅田望夫はそーゆー事はシリコンバレーでしか発生しないと考えている」と断定して書いちゃいましたが、「難しいと考えている」と言うほうがもちろん正確でしょうね。だけど断定しちゃいました。

日本という社会に閉塞感を感じてシリコンバレーに行ったわたしとしては、全くもって同感なのだけど、難しかろうがなかろうが、やるっきゃないでしょ、みたいな感じです。自分に対する所信表明みたいなものですね。

こーゆーことをブログに書いておけば何年後かに自分の足跡をたどれるわけで。

コメントありがとうございました。

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