まつもとゆきひろはなぜプログラミング言語をつくったのだろう
先日のAsianux Road Show (東京)は大盛況だった。参加いただいた皆さんどうもありがとうございました。(ぺこり)
大阪、福岡もまだまだ会場に余裕がありますので、ふるってご参加ください。
さて、特別講演でRubyのまつもとゆきひろさんにお話をいただいた。この講演に関しては、自分が聞きたい人にお話してもらうというカーネル読書会メソッドとも言うべきもので、まつもとさんには無理を言ってお願いした。(まつもとさんには「よしおかさんの頼みを断れなかったからだ。人脈というのはこのように活用するのね」といわれてしまった(笑))
それはともかく、弊社営業も、すごいということがよくわかりました、と感動していた。しかし技術者(プログラマ)でない人達にまつもとゆきひろの凄みを説明するのはなかなか難しい。
社内反省会(懇親会のあとの飲み会とも言う)で、その営業がわたしに「なんでプログラミング言語なんて作ったんでしょうね」と聞いてきた。一見簡単そうなこの問い。なんでなんだろう。哲学的な問いである。
なんでだろう。
ふつーだったら、プログラミング言語を新規に作ろうなんて事は思わない。わたしは高校、大学時代、ちょっとは思ったが、そーゆー人間は、そんなにはいない。30年以上前にBASICを作った大学生はいまや世界一の大金持だが、そーゆー人間はふつーいない。わたしは昔昔、BYTE magazineだったか何だったかにAPLのインタプリタが載っていて、当時パソコンなんてものは持っていなかったので、その記事を穴があくほど読んだ記憶がある。(http://www.vintage-computer.com/byte.shtmlによれば1977年8月号だったようだ)
わたし自身、言語オタクの片鱗はあったかもしれないが、プログラミング言語を新規に作った経験はもちろんない。
まつもとさんはプログラミング言語を作っただけではなく、それを10年以上コツコツ拡張し続けている。
これは驚異である。奇跡(?)である。
いまでこそまつもとさんの背中を見てプログラミング言語を作ってしまおうなどという蛮勇を持った若者が出てきているが、ふつーはそんなことは考えもしなかった。
しかし、よく考えてみるとLinusも自分でOSを作りたかったから作ったわけで、それがいつのまにかにIBMだOracleだIntelだがが勝手に注目して勝手にエンタープライズだなんだとよってたかって改良に従事しはじめたわけで、その中で、ビジネスだなんだとネクタイを締めているオトナが大挙してきた歴史があって、それと昨今のRubyにまつわるビジネスシーン(?)も似ている。
ハッカーがプログラムを作る。誰かが使う。誰かが改良する。どんどん利用者が増えてくる。どんどん開発者が増えてくる。改良の速度が加速して、ますます適用範囲が拡大する。それでビジネスをする人も増えてくる。益々適用範囲が拡大する。
凡人は、新しいプログラミング言語を作ろうなんて思わない。偉大なハッカーは、それを実装するだけではなく10年以上それを続ける。そして人々から尊敬をあつめる。
プログラミングを続ける情熱は一体どこから来るのであろう。
おおきな謎は謎としてとっておきたいと思った。




Gates の時代には,プロプライエタリという概念自体が無かった (計算機プログラムはまだオモチャに過ぎず,それを商売にしようという発想自体が無かった)
Linus の時代には,自由なOSが無かった.
Matz さんの時代も,オブジェクト指向なスクリプト言語が無かった.
形は違いますが,みな自分の信念を信じ,未開の荒野に自らの可能性を賭けて飛び込んで言ったという点では同じですね.
初期衝動 + その後 10 年以上継続できた要因としては,まだ何も無かったので,自分で作るしかなかったというのが一番大きかったのだと思います (gates は商売なので例外としても).そういう意味では,生まれたときから何不自由無く,欲しいものは何でも既にある,我々ゆとり世代は不幸なのかもしれません (もちろん,いつの時代にもフロンティアは存在しますし,現在は人類史上稀に見るほど可能性に充ち溢れた世界でもあります.そしてそれを見つけられるのもまた才能).
自分が欲しい物がちゃんとわかっていて (実はこれが一番難しいような気がします.黎明期の頃は,求める概念自体がまだまだ不明確なわけですから),「無かったら,自分で作ってしまおう」 という発想に至れるということが,単純ですが,凡人と偉大なハッカーの一番の違いのような気がしました.
そして結局のところ,それが上手く行く保証なんてどこにも無いのに,自分の人生を賭けることができたのは,やはり JUST FOR FUN だったのでしょうね.
成功者の伝記などを読んでいると,プログラマに限らず,成功した人はみな,似たような人生をおくっているような気がします.
投稿: あろは | 2007年10月19日 (金) 20:35
LinusがLinuxを作った時にBSDは入手可能でしたし、わたしがRubyを作った時にはPythonはすでにありました。
ので、「なかったから」というのはそれほど強い動機ではなかったのではないかと思います。Linusの場合には「自分の手元にはなかった」というのはあるかもしれませんが。
むしろ、他人が作ったもの(BSDやPython)を単に使うよりも、自分でゼロから作る方が楽しかったということなんでないかと。
投稿: まつもと | 2007年10月19日 (金) 21:40
あろはさん、コメントありがとうございます。
皆さん自分の信念を信じていたんでしょうね。自分自身を信じるってことは、凡人にはなかなかできないことです。それを10年以上続けるというのは、本当に凄いことです。
その続ける情熱って、どこからでてくるのでしょうね。永遠のなぞとしてじっくり考えていところです。
投稿: hyoshiok | 2007年10月20日 (土) 14:12
まつもとさん、コメントありがとうございます。そして先日のご講演ありがとうございました。
それはともかく、ブログでいろいろ書くと、ご本人からコメントをいただける。本当にいい時代になったものです。
わたしの場合、おっちょこちょいなものだから、すぐ断定したもの言いになっちゃうんだけど、ご本人からいや違うというツッコミが入ったりしてウレシイ。
投稿: hyoshiok | 2007年10月20日 (土) 14:15