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プロフィール

吉岡 弘隆 - よしおか ひろたか

日本OSS推進フォーラム ステアリングコミッティ委員
OSDL Board of Directorsを歴任
カーネル読書会主宰

2000年6月、ミラクル・リナックスの創業に参加。
95年~98年、米国OracleにてOracle RDBMSの開発をおこなっていた。
98年にNetscapeのソースコード公開(Mozilla)に衝撃をうけ、オープンソースの世界に飛びこみ、ついには会社も立ち上げてしまう。
2008年6月取締役CTOを退任し一プログラマとなった。

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« 自分が何をできるか | メイン | ZDNet Japanのインタビュー記事 »

30代のころ

日本のIT産業とかの憂鬱を書くとページビューとかブックマークがどどどどっとつくようではあるが、若干趣向を変えて昔話。

よっぱらいオヤジの昔話なんてまっぴらだと言う方はどうぞ次にいっちゃってください。スルーです。

わたしは新卒で世界第二位のコンピュータベンダーの日本法人に就職した。若い人は知らないかと思うが、当時DECという会社があったのである。今はその会社はない。

29歳で結婚して、31歳の時、米国本社へ一年間出向する機会があった。1989年10月のことである。身重の妻と一緒にBoston Logan Airportに降り立ったわたしは不安と期待で胸が一杯だった。出張で何度か来た事はあったが海外生活はもちろん初めてだし、本社で働くということに対する不安と期待が渦巻いていた。

ハロウィーンの季節だ。米国New Hampshire州の紅葉は、それは見事だった。自然が豊かなところである。

オフィスへの初出社。期待に胸を膨らませてSteve Hagan(当時のボス)のブースに行った。Steveが人事的なあれやこれやを説明してくれた後に、じゃあ、メンバーを紹介するよと言ってオフィスを案内してくれた。各ブースのパーティションの壁は日本のそれと違って背の高さほどあるので、いちいちブースに顔を出さないと中で何をしているかはわからない。

こっちのエンジニアはどんな格好をしながら仕事をしているのだろう。どんな風にブースを飾っているのだろう。やはりバリバリのプログラマはTシャツにジーンズで髭茫々という定番の格好だろうか。

そんなことを考えていた。

最初のエンジニアはスーパーマンの格好をしていた。次のエンジニアは魔法使いの老女だ。ともかく思い思いの変な(?)格好をしている。Steveが、わたしのことを紹介してくれるのだが、わたしは口をポカンとあけながら、ともかく、スーパーマンだか魔法使いだかと、Nice to Meet Youとか言いながら握手をした。

な、なんなんだ。ここはなんなんだ。

後にその日はハロウィーンと言って、それぞれが思い思いのコスチュームで楽しむ日だということを知ったのだが、海外赴任生活一日目のオフィス出勤者のわたしにとってはインパクトが強すぎる経験であった。

さすがに毎日スーパーマンではないということを知り、ほっとしたのであるが、それでも、ブースの中でポップコーンを作るやつはいるし、それぞれのブースにはそれぞれ趣向を凝らしたデコレーションがあったりした。

仕事はと言えば、我々が開発した日本語版のソフトウェア製品のコードを本社の製品にマージするという作業で、技術的なチャレンジはそれほどはなかった。当時の外資系のソフトウェア部門の仕事というのは、本社が作ったソフトウェア製品の日本語化というのが主であった。日本語の文字コードを扱えるようにしたり、日本語のメッセージを追加したり、日本語のマニュアルを作ったりという仕事である。

当時はユニバーサルな文字コード(Unicodeみたいなもの)というのがまだ一般的ではなかったので日本語のコードとしてDEC漢字コード(EUCみたいなエンコーディング)などをサポートするように本家のソフトウェアを変更していた。

本家のソフトウェアを変更するので、米国版ソフトウェアと日本語版ソフトウェアと別々にできてしまう。米国版ソフトウェアが完成してから日本語版を作成するので、1)開発コストがかかる、2)出荷の時期が遅くなる、3)出荷してからのメンテナンスが難しい、などなど問題点が多い。

そこで、日本語機能を本家にマージすれば問題は解決するのであるが、処々の事情でなかなか物事は簡単にすすまない。

わたしは入社以来、朝から晩まで日本語化なんて作業をやってきたわけで、それなりに第一人者である。コードを読まなくても現象から実装上の問題点などもだいたい見当がつくし、変更方法についても見通しを持っていた。本家の連中との議論も、そもそも論で言えば、国際化も考えていなくて何がソフトウェアだ、みたいなことを盾にずんずん説得していった。ラフなコンセンサスと動くコードみたいな世界である。

まあ、そんなこんなで、日本語版Rdbを一般化した国際化Rdbのソースコードを持って米国本社に乗り込んだのである。

New Hampshire州 Nashua という片田舎での生活は、まわりには日本人なんかほとんどいないし、それはのんびりしたものであった。冬はアパートの池がすっかり凍ってしまって、子供たちがそこでスケートをしている。会社まで歩いていける距離なので、通勤も楽だ。リスや鴨がうろちょろしている。

米国の生活もハロウィーンから始まって、七面鳥を焼いたり、年末年始のBoston、などなど楽しいものであった。妻は出産のために一足早く帰国したが、初めての米国生活は不慣れなことも多々あったが、結果オーライという感じであった。

その後、DECは業績が悪化し、Rdb部門は競合のOracle社へ部門ごと売却されてしまう。リストラで社内の空気は悪くなっていく一方であった。

日本に戻ったわたしは、日本で開発がどんどん縮小されていく現実とどう向き合うかを考えぬいた。ある意味、残るのも地獄、出るのも地獄の世界である。

日本DECの希望退職制度を利用して日本Oracleに転職したのが94年である。36歳の時である。転職としては、必ずしも若くはないが、かといって遅いと言うわけでもない。

退職時にお世話になった人たちにメールを書くという習慣があるが、わたしもいろいろな人たちにメールをした。その中の一人に初めての海外赴任でお世話になったSteveがいた。Oracleに転職するのだと言ったら大変喜んでくれた。

当時、DECのRdb部門がOracleに売却されたことによって、日本でも日本DECから日本OracleへRdb関連の引継ぎが発生していた。わたしもそのプロジェクトを日本Oracleで手伝うことになった。その引継ぎの会議でRdbについて最もよく知っているのがDEC社員ではなく日本Oracleの新入社員のわたしという奇妙なことになっていた。

まあ、それはともかく、日本Oracleに就職してアライアンスパートナーの支援をしていたところ、米国Oracleの開発チームからお声がかかってOracle8の開発に参加することになった。95年のころである。

会社の中で自分がやってきた仕事がなんらかの理由でなくなったとしよう。工場の移転でもいいし、部門の統廃合でもいい。なんらかの理由で転属ないし配置転換などが求められたとしよう。その時、われわれが取る選択肢は、配置転換を受け入れて会社に残るか転職か。個人的な事情で転勤を伴う配置転換が受け入れられない場合もあるが、ともかく会社に残るか去るかという選択肢である。

自分の専門性、例えばわたしの場合、ソフトウェアの日本語化、国際化などで10年飯を食ってきたわけで、それなりの自負はあったが、それを生かす仕事は今の会社にはないとしよう。その場合、どうするべきか。

もちろん正解はないし、人それぞれの人生である。

自分の専門に拘らず柔軟に対応して別の部門に転属になり、一から勉強しなおす。大きな会社であれば、雇用は確保されるだろうから、自分の得意不得意、好き嫌いはあるかもしれないが、贅沢は言わなければ食っていける。

一方、もう少し、自分の専門分野(ソフトウェアの開発)でやってみたいと考え、別の会社でそれができないか探し転職する。こちらは新しい環境に飛び込むわけだからリスクはあるが、自分のやりたいことに繋がる可能性は高い。

人それぞれ、正解はない。

わたしの場合は、悩みに悩んで結局後者を選んだ。

やはりソフトウェアに未練があった。DECはなんやかんや言ってハードウェアベンダーである。主力はVAXとかAlphaとかのハードウェアであり、Rdbをはじめとするソフトウェアは、おまけであった。典型的な垂直統合型ITベンダであった。

今だからはっきり見えているが80年代に時代は垂直統合型ITベンダ(IBMをその頂点とする)から水平分散型ITベンダ(Intel/Microsoft/Oracleなど)へ大きく舵を切っていたのである。

その当時、漠然としながらもOracleを選んだのは自分の直感であった。Oracleを選んだからといって、米国本社で開発できる保証というのは全くなく、可能性はゼロではないとしても、開発できることすら未知であった。

しかし、自分は自分。自分に素直に向き合った。わたしは、開発をしたい。ソフトウェアを作りたい。その可能性は、今の会社に残るより転職した方が高い。そう考えた。

希望退職制度がその後押しをしてくれた。

その制度のおかげで、DECは人件費を削減でき、Oracleはソフトウェア国際化の専門家を雇用することができたし、わたしは転職することによって自分の専門性を死蔵することなく生かすことができた。

転職はもちろん奇麗事ではない。結果オーライだとしても、その時何かの保証があったわけではない。

しかし、チャレンジしなければ、わたしがOracle8にコードと言う足跡を残すことはなかったことだけは確かだ。

選ぶのはあなただ。チャレンジするのはあなただ。自分の人生を生きるのは会社ではなくあなただ。上司があなたの人生を保証してくれるわけではない。あなた以上に自分の人生を真摯に考える人は世界中いない。

30代後半、自分の足跡を残すために米国Oracleでひたすらコードを書いた。毎日コードを書き、テストをし、デバッグをした自分がいる。その当時の七転八倒は今はなき「シリコンバレー日記」に詳しい。

10年後わたしはここにいる。誰でも自分の行動を正当化する。過去は美化される。思い出は時として理想化され記憶は風化する。

何かをやってみる。そこには今まで見えなかった地平線が見えていた。

オープンソースと言うのに出会う前の30代のわたしの姿である。

こーゆーおっちょこちょいですっとこどっこいの新橋の呑み屋でくだを巻いているオヤジがわたしである。

20代のころ - 未来のいつか/hyoshiokの日記
http://d.hatena.ne.jp/hyoshiok/20040909

シリコンバレー日記
http://web.archive.org/web/19981202003332/http://www.best.com/~yoshioka/diary.html
(文字エンコーディングをshift_jisにする)

1997年のこと - シリコンバレー日記
http://web.archive.org/web/19990423115009/www.best.com/~yoshioka/d/98/i980206.html
(文字エンコーディングをshift_jisにする)

若い人に人気のない産業は減衰する - ユメのチカラ
http://blog.miraclelinux.com/yume/2007/11/post_1ab2.html

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