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プロフィール

吉岡 弘隆 - よしおか ひろたか

日本OSS推進フォーラム ステアリングコミッティ委員
OSDL Board of Directorsを歴任
カーネル読書会主宰

2000年6月、ミラクル・リナックスの創業に参加。
95年~98年、米国OracleにてOracle RDBMSの開発をおこなっていた。
98年にNetscapeのソースコード公開(Mozilla)に衝撃をうけ、オープンソースの世界に飛びこみ、ついには会社も立ち上げてしまう。
2008年6月取締役CTOを退任し一プログラマとなった。

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« 第88回カーネル読書会のおしらせ | メイン | プログラマ一年生のパッチと大物ハッカーのコード »

取締役退任。生涯一プログラマ宣言。

6月30日臨時株主総会において、ミラクル・リナックス株式会社の新取締役として、児玉崇、伊東達雄を選任し、それに続く、取締役会議により、新しい代表取締役として児玉崇を選任した。佐藤武前代表取締役社長は、取締役会長へ、わたしは取締役を退任した。

ここにご報告する。

さて、ここからが本題(?)である。取締役を退任したからといってミラクル・リナックスを辞めるわけではない。今後は経営者という責任ある立場を退き一技術者としてミラクル・リナックスに貢献していく。

2000年6月にミラクル・リナックスを創業以来8年にわたって取締役CTOとしてミラクル・リナックスとともに歩んできたが、取締役というよりも、技術屋としてミラクル・リナックスのV1.0の開発、OSDL (Open Source Development Lab -- The Linux FOundationの前身)への参画、そしてAsianuxプロジェクトの立ち上げ、さらには未踏ソフトウェア創造事業や日本OSS推進フォーラムのサーバ部会での仕事などが思い出深い。取締役として経営に貢献したというよりも技術屋としての立場だったかと思う。正直言えば、経営者としては力不足であった。

8年前にはLinuxをエンタープライズ分野で利用するなどというのはほとんど冗談のように受けとられていた。誰が氏素姓のわからないフリーソフトウェアを企業の基幹システムに利用するのか。サポートはどうするのか。どのようにスケーラビリティを確保するのか等々。それぞれの課題について一つ一つ解決していったのがこの8年だったと思う。

オープンソースソフトウェアという未開の耕地にビジネスの種を植えた8年であった。

今後は一プログラマとして会社やコミュニティへ貢献していきたい。今年でわたしは50歳になる。いい年したおっさんである。とっとと技術屋なんかは引退してマネージメントの仕事でもしていろよという声も聞く。40代はミラクル・リナックスの取締役としての立場(?)もあったわけだが、それも退任したことだし、50代は、わがままを言って現役のプログラマに戻してもらった。はたしてプログラマとして使いものになるのか、ならないのか、不安がなくもない。この年で新しいことにチャレンジすることの難しさも知らないわけではない。

人生、綺麗事ばかりではない。いいこともあれば悪いこともある。上手くいくこともあれば上手くいかないこともある。成功もあれば失敗もある。家族には苦労をかけて申し分けないと思う。給料も役員報酬がなくなったので減ってしまった。子供の教育費も家のローンもある。

それでもと、思う。人生再チャレンジである。いくつになってもチャレンジである。

潔くない生き方かもしれない。ばたばた足掻いている。この歳でまだプログラマに拘るというのも相当見苦しい。でも、それがわたしなんだよなあと思う。

現在のプロジェクトはMID (Mobile Internet Device)向けのOS開発である。Intel Atomプロセッサ用のOS (Asianux Mobile Midinux)の開発を行なっている。20代の若手エンジニアの隣に座って日々ブートがどうだとかドライバが動くとか動かないとかをやっている。新人プログラマの一人として毎日勉強だ。grubのソースを読んだりsyslinuxのソースを読んで、SSD(Solid State Disk)が認識したとかしなかったとか一喜一憂している日々である。

カーネル読書会も続ける。このペースで開催していけば来年には100回になるだろう。第100回はゲストにLinusを呼びたいと思う。こんな事を言うと多くの人は笑う。だけど言葉にして言う。Linusを呼ぶことは簡単ではないけど不可能ではない。

次の10年自分はどのように生きたいのか。経営者ではなく一エンジニアとして生きいくのが自分の長年のユメであった。

ハッカーになりたい。ソフトウェアによって社会をよい方向へ変えたい。

こんなことを言うと頭がおかしいのじゃないかと言われる。暑苦しく、うざいと思われようとも、そのような人生をおくっていきたい。50代でプログラマを続けることは日本という地域では簡単ではない。そのくらいのことは理解している。道は遠く険しい。だけど、それも不可能ではないとも思う。職業としてのプログラマに誇りを持って生きていきたい。

日本に一人くらい、こんなへんなおやじのプログラマがいてもいいと思う。そういう我儘を許してくれるミラクル・リナックスそして家族には大変感謝している。

これがわたしの生涯一プログラマ宣言である。

皆様のご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。

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コメント

>こんなことを言うと頭がおかしいのじゃないかと言われる。暑苦しく、うざいと思われようとも、そのような人生をおくっていきたい。
謙遜する必要は全くないと思います。今の時代、この選択を素晴らしいと思う人は少なくないでしょう。
こういう生き方が選択肢の一つになれば、日本ももう少し生きやすい社会になるのですが。

私も生涯現役プログラマを目指す若輩もの、44才の現役プログラマ(小さな会社の代表も一応やっています)です。30才の時に、リチャード・ストールマン氏を含め名だたるハッカー達のカッコ良さに触発され、生涯現役を誓ったもので、最近は毎日Xcodeと格闘しとります。技術屋としてカッコ良く年齢を積み重ねたいと思います。先輩頑張れ!

普通にカッコいいです

ビルゲイツさん?

>日本に一人くらい、こんなへんなおやじのプログラマがいてもいいと思う。
変じゃない。むしろ、とても素敵でかっこいいと感じます!

あぁ、素敵。
生涯、一技術者。
そのように生きたいものです。

そう思っていても、なかなかそのように生きられないから、あこがれるわけですが。

吉岡さんの選択を心より応援します!\(^o^)/

僕も足掻いてみます

うん、年を重ねても情熱を失なっていない姿勢は見習わせてほしいくらいです。

プログラマとして年月を重ねることにも大きな価値がある、キャリアパスとしてもぜんぜんありだ、ということを日本で証明して欲しい。
応援しています。私も頑張ります。

感動しました。記事読んで涙でた。

50代のオジサンにこんなにガンバってもらえると、(失礼かもしれませんが)20代の自分としては、感動するばかりです。ちなみに畑は違いますが。

一体、年齢でプログラマの一線を引く文化はいつ生まれたのでしょう。
プログラミングは経験的な技術です。技術の分野においては、あまねく年を重ねるごとに熟成を重ね、それを若者に伝承するのが一般的です。大工や時計の職人など、数えれば枚挙にいとまがないです。特に技術という点で自分の年齢を理由に線を引く、という考え方自体に私は疑問を感じます。
私も今年43歳になりますが、才能はなくとも技術をずっと続けていきたいと思っています。それは60、70歳になっても変わらないでしょう。
そのような気持ちで吉岡さんもその道を選んだはずですし、全く人に言い訳をする理由もありません。
しかしながら、前述の通り、年齢で線を引いてしまうのが世の風潮です。かくいう私もだんだんそのような仕事をさせてもらえなくなってきました。
オピニオンリーダとして、ぜひその考え方がおかしいという事を発信していっていただきたい。
若輩者のくせに生意気を言ってしまい申し訳ありませんが、私としましては、吉岡さんには是非そのような活躍をご期待しております。

実直な「生涯一プログラマ宣言」すばらしいです。最後までユメを追い続けて、日本をいや世界を、そして社会を変えていってください。
心より応援させていただくともに、私も頑張ります。

感動しました。僕はまだ30代ですが、家族がいて、同じ事を悩んだりしていました。
でも吉岡さんのお蔭でプログラマであり続けたいという想いが強くなりました。
吉岡さんに感謝します。頑張ってください!

いまの時代、日本でこれだけエンジニアの心に響く言葉をもっている人はあまりいないと思います。
他にもスーパーエンジニアはいますが、実際に現場に飛び込んで、場を作って、より近い目線で語ってくれる吉岡さんの言葉にはいつもハッさせられます。

カッコ良すぎます。
これからも頑張ってください。

ワタシはプログラマではないですが、昔似たようなことをしていました。
うん、ちょっと、かっこいいです。
すくなくとも、暑苦しくは、ありません。

すばらしいお手本と目標ができました。
がんばってください。

素晴らしいです。
これはプログラマに限らず、全ての技術屋の心に響く行為ではないでしょうか。
とてもかっこいいです。
頑張ってください。私も是非見習いたいです。

素敵な生き方だと思います。
わたしも技術者として大変参考になりました。

有難うございます。

ようするに栄転ですね(よりやりたいことに集中できるんですから)。

おめでとうございます(^o^)!

ご無沙汰しております。Linus呼ぶのは良いアイデアですね。

漢(おとこ) なライフスタイル。
スゴいです。追い求める姿勢が熱いです。ひとつのロールモデルとしてみならいたいです。

感動しました。道に迷ったときは、吉岡さんの決断を思い出して頑張りたいと思います。

>家族には苦労をかけて申し分けないと思う。給料も役員報酬がなくなったので減ってしまった。子供の教育費も家のローンもある。

ほとんどの日本人が一生技術者であり続けるところに二の足を踏む
最大のポイントはここでしょうね。

50代でもエンジニアのみで食べていけるだけの金額が支払われるのなら、
もっと言えば、製品の出来によって正当な対価を払ってもらえるような仕組みが出来れば、吉岡さんのような方も増えるかもしれませんね。

何事もパイオニアというのは大変ですが、是非頑張ってください。応援しています!!

取締役、ご苦労さまでした。
楽な方に進みがちな人が多い中、一プログラマに戻るという決断をされたことに敬意を表します。
自分自身の手で、ものを作り上げることに喜びを見いだす、ということは大事ですね。
見習いたいです。

涙でました。ありがとうございます。
感動しました。

すばらしいです.私もそうなりたい.

私はシアトル近郊でソフトウェアに従事しています日本人です。35歳定年説などを聞いたことがありそれに非常に疑問を感じていて、自分のブログでもそんなことを書いたことがありました。それを実践してくださる先輩がいらっしゃって大変心強いです。私もがんばる力が出てきました。ありがとうございます。

尊敬申し上げます。

はじめまして

日本の社会は、技術者でも、年齢が上がると、雑用が増えたり、処遇面の問題があったりと、なかなか、生涯一技術者ということができにく社会ですね。
そんな中で、吉岡さんの決断は、多くの技術者の励みになると思います。

>50代でプログラマを続けることは日本という地域では簡単ではない

何故なんでしょうか?
年功序列のせい。プログラマは取締役や設計者より劣るという誤解、偏見があるから?

伊達公子さんが30代後半で現役復帰しました。それでちゃんと勝てるわけです。吉岡さんにも、50代でプログラマに復帰しても成果をだせることを見せてもらえると期待しています。
私はソフトウエア開発を野球などのプロスポーツのチームに例えて説明するのが好きです。それは待遇の話でなんですけど。要するに監督やコーチより高給取りの選手はごろごろいるわけです。プロスポーツの世界では当たりまえのことです。勝負に勝つためには誰が大切かしっかり考えないと勝てないからだと思います。
ソフト開発の世界でも同じだと思っています。マネージャーよりもプログラマの質がソフト開発の勝負を分けるときはプログラマにこそ最高の報酬を出すべきです。報酬をそれなりに出すということは重要度を認めることです。しかし、日本ではそのような例はあまり聞きません。なぜか管理監督者が無条件に上と決まっているような感じです。
だから優秀な人は収入増を求めて管理監督者を目指すわけです。そんな中で、あえてプログラマに戻るという人が出てくるというのはうれしい限りです。しかも吉岡さんのような有名人というか実力がある人であれば、社会に与える影響も大きいと思います。

プログラマというのはすばらしい仕事だということをもっと世間に認めてもらうためにもがんばってください。吉岡さんの行動に心からの拍手を送りたいです。

素晴らしいです。
尊敬してます。

かっこ良すぎ!!

素晴らしいですね。勇気をいただきました。世界を変えましょう。

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