MIRACLE
メールサービス申込 ユーザー登録 パートナー情報
お問い合わせ FAQ サイトマップ
MIRACLE LINUXの特長 製品紹介 サービス案内 購入 サポート 技術フォーラム

プロフィール

吉岡 弘隆 - よしおか ひろたか

日本OSS推進フォーラム ステアリングコミッティ委員
OSDL Board of Directorsを歴任
カーネル読書会主宰

2000年6月、ミラクル・リナックスの創業に参加。
95年~98年、米国OracleにてOracle RDBMSの開発をおこなっていた。
98年にNetscapeのソースコード公開(Mozilla)に衝撃をうけ、オープンソースの世界に飛びこみ、ついには会社も立ち上げてしまう。
2008年6月取締役CTOを退任し一プログラマとなった。

ミラクル関連リンク

採用情報

サイト検索

2008年7月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

なぜメリークリスマスが禁句なのか?

1989年年末、わたしは米国ニューハンプシャー州にいた。米国DECのRdb開発チームに出向になっていて、せっせとアジア版Rdbのコードを本体へマージしていた。

日本人で米国ニューハンプシャー州ってどこにあるのか知っている人は少ない。初対面の人となんかでニューハンプシャー州に居たんですよという話になって、ああ私も実はなんてことになると、一気に盛り上がってしまう。マサチューセッツ州の北にある、縦長の州で、米国独立時の13州のうちの一つである。ニューイングランド地方の一つである。紅葉が綺麗だ。

80年代は、日本の産業が実力以上に元気で、米国とは経済摩擦を引き起こしていた。半導体は日本のメーカーがトップ10のうち多くを占めていたし、銀行もぶりぶり言わせていた時期である。日本企業が米国の資産を買いあさっていたバブルのころである。

ニューハンプシャー州のナシュアという田舎町で働いていたころ、会社の帰りに妻とESL(English as a Second Language)という英語を母国語としない人向けの英語教室に通っていた。先生はボランティアで授業料は教科書代程度でめちゃくちゃ安かった。運営費用は税金の補助がでているらしかった。

生徒は、それこそ、世界中の人たちで(英語を母国語としないのだから当たり前と言えば当たり前だ)、ソ連(当時はまだソ連という国があった)、東欧諸国(実はよく覚えていない)、中近東(ヨルダンとか)、中南米、アジアからは、ベトナム、台湾、中国、韓国、日本(わたしたち)、国際色豊かだった。

日本は飛ぶ鳥を落とす勢いだったので、自分達は今から思うと相当傲慢ないやなやつだったかもしれない。

それはともかく、英語という最も基本的なツールを使いこなせなければ生きていけないので皆英語を習うことに必死である。英語に限らず生きていくことに必死である。

教科書を読んだり、いろいろ雑談をしながら英語を学んでいくのであるが、それぞれの国の話とか、なんでここに来ているのかという話を聞くのが楽しかった。

文法のクイズで括弧の中に動詞、三単現、不規則動詞の過去形とか、過去分詞とか複数形とかを入れるとかいうのがあるのだが、はっきり言って中学レベルの英語なので楽勝である。日本人だったらほぼ完璧にできるが、ESLのクラスメートはなかなか難儀している。しかし、文法クイズはからっきしだめでも、自分の意見を英語で言うことにかけてはおくせづどんどんやっていく。わたしたちがもじもじ、あーだこーだ、頭で考えているうちに、がんがん機関銃のように話をする。コミュニケーションスキルは英語力ではないというのを実感した瞬間である。

英語の文法の点数がいくらよくても、話せなければ生きていけない。話して相手に何かを伝えなければ生きていけない。文法がちょっと間違っていようが、不規則動詞の過去形が間違っていようが、それより何より伝えたいコンテンツがあってそれを直接伝えようとすることにまっすぐである。それがチカラになっている。

そのようなスタイルがあるということをわたしはESLで学んだ。

米国という地で、必死に生きている人たちがいっぱいいるということをわたしはESLで学んだ。そして米国はそのような人たちをESLのような草の根でサポートしているということも学んだ。

12月、クラスの誰かが最後の授業でパーティをやろうという話になった。みんなで食べ物を持ち寄ってわいわい楽しもうという話になった。誰かがクリスマスパーティだ~、やろうやろうと言ったところ、ヨルダンから来ていた若い女性(きりりとした美人だった)、わたしはキリスト教徒ではないので、クリスマスパーティには参加できませんときっぱりと言った。その姿は凛々しく清清しかった。

ESLの先生は、クリスマスパーティーをやるつもりはありません、これはYear End Party(忘年会)です、みんなで楽しくやりたいと思いますと、はっきりと宣言した。

ヨルダンの人も立派だが、世界にはいろいろな考えの人がいて、その人たちと相互理解して、みんながハッピーになるにはどうしたらいいのかを実践している本当の意味での国際人であるESLの先生のしなやかな対応が素晴らしいと思った。

日本人が海外の人に向かって、誰彼かまわずメリークリスマスというのは、正直どうかと思う。あまりにも国際感覚に欠けていると思う。

多様性を認める。宗教の違いを認める。その違いを認めた上でみんながハッピーになる方法を考える。クリスマスパーティーではなく忘年会をするという知恵。もちろん全員がキリスト教であれば全く問題はない。だけども、そうじゃない人がいる場合、そのような配慮をするというのも重要だと思う。

その年のYear End Partyは、それぞれがお国料理を持ち寄って、大変楽しいものになった。牧歌的な時代だったのかもしれないが多様性を受け入れようとする懐の深さを米国の社会に見た瞬間でもあった。

ESLという場で学んだことは多い。

Happy Holidays.

Suica

Suicaの定期券を使っている。便利は便利である。

先日、東京メトロの職員が知人の氏名と誕生日を入力し該当者の電話番号等個人情報を入手して、あろうことかそれをブログで公開していたという事件があった。

悪意のある内部犯行者には、個人情報が筒抜けということである。東京メトロの管理責任も問われるところであるが、内部犯行に対しては有効な防衛策というのは、なかなか難しいかもしれない。

むかし、「切符を買う」(未来のいつか)という日記を書いた。氏名、誕生日、電話番号、住所、などの個人情報と、わたしがいつどの路線を使ってどこに行ったかという情報が結びつく。それが誰かにこっそり知られ可能性があるというのは、それはそれで相当気持ちが悪い。

政府要人であればそのようなプライバシーというのがなくてもしょうがないが、ふつーの人間の行動履歴ですら全てトレース可能というのは、ちょっとやりすぎのような感じもしなくはない。

積極的に情報を捨てる(集めない)というアクションをとる組織が信頼感を集める時代が来るかもしれない。

情報システム学会(ISSJ) 情報システムのありかたを考える会

情報システム学会の「情報システムのあり方を考える」会に参加した。

オープンソースソフトウェアの潮流というタイトルで小一時間ほど放談をさせていただいた。特に目新しい事を述べたわけではないが日頃考えていることを好き勝手にお話しした。いろいろなコメントをいただいたが、皆様どのような印象をおもちになったか興味深いところである。

OSSの可能性として、日本のこれから会社を停年退職するシニアエンジニアの皆様が、コミュニテーベースの開発に参加する事をわたしは期待している。日本の重厚な人材の集みを利用した世界貢献であり、それによって、日本という国が、単に経済的に豊かなだけではなく、人という宝があり、技術的にも優れているということを示す大変なチャンスだと思う。それは世界からも尊敬されるような日本モデルになるのではないだろうか、というような妄想を語ったのだが、諸先輩がたにはどう映ったのだろうか。おかしなやつだと思われただろうか。

だけど、わたしのようなおかしな奴が少しでも増えてくれば、少子高齢化の社会もちょっとはおもしろ可笑しく過せるし、何よりも団塊の世代とよばれる人々の楽しみも少しは増えるのではないだろうか。コミュニティの構成員が増えることは悪いことではないしベテランの参入は間違いなく良いことだし、それによって、コミュニティの価値も高まる。誰も損をしない、みんなが得をするモデルだと思う。

まあ、放談は放談で、「情報システムのあり方を考える」会にどれだけ役にたったか多いに疑問ではあるが、「情報システム」作り方としてコミュニティによるバザール開発みたいなモデルがあるということはご紹介できたのではないかとも思ったりする。

この発表のためにBrooksの「人月の神話」を久し振りに読んで、Brooksのパラダイムとは全く異なるソフトウェア開発パラダイムがあるということを自分自身再確認した次第である。

追記:参考までに発表用スライドをアップロードした。issj.pdf(発表用スライド)をダウンロード

Rubyって何よ。

先日、NHK土曜ドラマ「ハゲタカ」の事をこのブログで書いたものだから(「ハゲタカ」、「職人気質」など)、日頃このブログの読者でない方も多数訪問されている。ご訪問ご苦労さまです。45度おじぎ。(ぺこり)

ハゲタカファンの皆様にとってはこのブログ、わけのわからない、Rubyだ、オープンソースだ、gdbの使い方だで、ほとんど興味を引かないものばかりかと思うのだが、ここは一つ、ハゲタカファンの皆様にRubyについて、お話をしてみたいと思う。

Rubyというのは、まつもとゆきひろという一人のプログラマが作ったソフトウェアである。(ふむふむ)。ソフトウェアを記述する言語のことをプログラミング言語というのであるが、Rubyはそのプログラミング言語の一種である。(ふーん)世界には様々なプログラミング言語があるのだけど、Rubyは赤丸急上昇の人気言語なのである。

ソフトウェアの世界にも流行すたりがある。プログラミング言語にも流行すたりがある。多分バブルも、バブルの崩壊もあるかと思うがよくわからない。

大田区あたりの町工場で、世界最先端のその会社しかできない技術があるというようなお話は時々聞くが、Rubyもそんな感じの言語である。(どんな感じだ?)島根県松江市在住のまつもとゆきひろが趣味で作りはじめた、プログラミング言語が世界の注目をあびている。

プログラムを作るのに広大な敷地と莫大な設備投資をして工場を持ったりする必要はない。工作機械もいらない。インターネットにつながるパソコンさえあれば、極論すると世界のどこででもプログラムは作れる。

もちろん日本語を書けるからと言って、世界的な文学が書けるとは限らないように、パソコンがあっても世界的なプログラムを書ける人は、ほとんどいない。(とすると、まつもとゆきひろという人は世界的な文豪みたいなものか)

レンズ磨きの工作機械があってもレンズ磨きの達人になるのに40年かかるのと一緒である。(本当かな)

野球好きの少年が、大リーグに行った野茂の姿を見て、いつかは僕も大リーガーだと夢みるように、Rubyというプログラミング言語を作ったまつもとゆきひろは世界の言語オタクのアイドルなのである。(なるほどね)

で、日本Ruby会議2007という、まつもとゆきひろのファンクラブの年一回の大会のチケットは是が非でもゲットして参加しなければいけないのである。で、そのプラチナチケットをゲットしたものだから、しかも一度買いそこねて、キャンセル待ちでゲット、狂喜乱舞したのである。

このムーブメントは世界中に飛び火していて、2001年からは米国でもRuby Conferenceというのが開催されていて、松江が生んだ世界のアイドルになっている。島根県議会は、まつもとゆきひろを「地域資源」としてとらえているらしい。(人間国宝みたいなものなのか?)

さらに面白いことに、まつもとゆきひろはそのRubyを無償で公開しているのである。それでお金儲けしようと思えばできなくもないと思うのだが、無償で公開しているのである。世界でまつもとゆきひろのように自分で作ったプログラムを公開している人は少なくなくて(実際大変多い)、それらのソフトウェアを大雑把にくくって、オープンソースソフトウェアとかいったりするのだけど、世界中には無償の愛があふれているのである。

Rubyをはじめ、オープンソースソフトウェアは無償で流通しているので、世の中99.9%はカネで解決するのだが、カネで解決できないというか、カネのチカラが、あんまり影響力を持たない世界がそこにはある。

じゃあ、どーやって、そこでお金儲けをするのよという素朴な疑問が生じるわけであるが、そーゆーものから距離をおいた世界が、世の中にはあるのである。

まあ、そーゆーわけでRubyの説明をするつもりが、わけがわからなくなってしまったが、ソフトウェアというのは人が作るのである。人はお金だけじゃなくても動くのである。もちろんお金は重要だけど。

会社情報 採用情報 個人情報保護方針 商標等取り扱い事項 English
Copyright(c)2000-2006 MIRACLE LINUX CORPORATION. All Rights Reserved.